皆様こんばんは、nene.です。
ご無沙汰しております。
しばらくお休み頂きまして、ありがとうございました。
その間コメントや☆をくださった方、見て頂いていた方も大変励みになりました。
今の気持ちをどうまとめようかなと思い、昨日あたりから考えていたのですが、結局まとまらなかったので今の率直な気持ちを綴っておこうと思います。
まず、無事にと言ったらなんですが、きちんとお見送りを済ませることができました。
予兆はあったものの、最後は本当に急速に状態が悪化したもので、結局アノ手術の日以来結局最後まで会えませんでした。
コロナ禍の影響で、本当に肉親以外(肉親でも)の面会が限られていたので、簡単には会おうと思っても会えず、でもそろそろ会っておいても…との許可が下りかけた矢先の事でした。
今思うと、相方が戻って来れず急遽代理で参戦した手術の付き添いでしたが、行って顔を見ておけて本当に良かったと今は心底思っています。
相方は幸いなことに、病院で看取ることができました。
最後まで、握り返してくる手に力が入ったままだったので、「え、本当に?」といった感じだったようです。
まだ気持ちは生きたかった、その片鱗がさまざま伺えます。
ただ90あまりという年輪や病魔が、行く手を阻んだのだと思われます。
相方は、義父を本当に憎んでいました。
でも、手がかかったからこそ悲しい。
コロナ禍で、充分にしてあげられなかった気持ちが強い、そう言っていました。
私は、悲しい、という気持ちは何だかおこがましい気がして、
それよりも、「今までお世話になりました」「相方をこの世に誕生させてくれてありがとう」このふたつの思いがとっても大きいです。
後者があったから、相方がいくら父のことを憎いと言っても、これだけは完全に味方についてあげることができませんでした。
だから変な話、義父がなくなって相方がちゃんと悲しめて良かったなと思っています。本人もそう言っていました。やっぱり、親子なんだなって。
今までお世話になりました、義母が亡くなり、そして義父も、となった今、お二方に対して思うことです。
私は淡白な家庭環境で育ったため、本当の家族以上に家族、っていう気がしていました。
普通に考えて、こんなどこの馬の骨やら分からない私と一緒に食卓を囲んでくれたり、親子三世代やなって笑いあいながら買い物に出掛けたり、そんな恵まれた環境ってありますか?
そんな時間は、今私の宝物になりました。
あと、義母のときは外に出て仕事をしていたので、一目しか会うことが叶わなかったけど、義父はお通夜前夜、その次と、時間を共にすることができました。
ずっと帰ってきたいと言っていた自宅にも結局帰らせてあげることができて、良かったなって思います。
ご近所の方も来てくれて、こんなご時世ながらにぎやかでよかったねって。
なんかね、ご遺体になっても本当に生きているみたいだったの。
なかなか目を閉じなかったって言っていた片目はうっすら開いたままだったのだけど、その奥の瞳が輝いていて。
とってもきれいだった。
こんな感想はおかしいかもしれないけど、このまま自宅保管しておきたい気持ちも少し分かります…
いつか置きだして、いつも通り動くんじゃないのかなって思ったり、自宅に帰りたいため死んだふり?とまで言ったりして。
そしてお通夜、お葬式と、家族葬ながら参列させて頂き、相方のご親族の方に混ざらせて頂くとっても濃い時間を過ごさせて頂きました。
なんだか現実の様で現実でないような、いったい何回起きたら本当の現実なんだろうか?そんな日々がしばらく続いておりました。
だからどことなくぼーっとしてしまって、葬儀が終わった後もまだ施設の片付けやらなんやらでばたばたしていたのと、相方の話を聞く時間をきちんと設けたいという思いから、今日までほとんどすべての業務を止めさせて頂いておりました。
でも、そろそろ私たちの時間を進めなければなりません。
お義父さん、お義母さんやおにいさんと会えているかな。
会えてると良いな。
あのね、最後に記しておきたいことがあります。
コロナ禍、予防不完全で、出歩いたりしている人。
生きたくても生きられない人がいます。
その人思って、命を大事にしてください。
お願いします。
いつも以上にまとまりのない文章でしたが、読んでくださった方ありがとうございます。
これからも相方と二人三脚でビアンカップル生活頑張っていきますので、どうぞ宜しくお願い致します!